今回は光ではなく「明かり」。
光が自然現象だとすると、
明かりは、「人間の意思がこめられた光」といえます。
つまり、何らかの意思や機能を持たせてやらないと、明かりとは呼べないのかもしれません。
日本の家の部屋って、西洋の家と比べると、少し味気ないって感じること無いですか?
個人差はあるかも知れませんが、味気ないと感じる場合、別にそれは、見慣れてるから、というわけではないと思います。
根本的に、日本の家は味気ない印象を受けるつくりになっているからなんです。
味気ないと感じる理由、それは主に光が平均的であるからだと言えます。
日本の文化では、
平均的に照らすという機能を、光に込めて、「照明」として採用しているわけですね。
日本画ってありますよね。
あれって影がどこにも無いんですよ。
全部平均的に明るいんです。
西洋画の場合は、ちゃんと立体的に陰影がついてます。
ことの発端は、日本に木がたくさんあったからなんです。
この豊富な木材で、お家を建て始めちゃったから、光が平均的になったんです。
木材でお家をつくると、窓を自由に広げられるようになります。
(柱と柱の間にね)
窓が広いと、どうなるでしょう?
そう、部屋に入り込んでくる自然光が強くなりますね。
そしてその強い光を調節する為に生まれたのが、そう、障子(しょうじ)なんです。
障子を通すと、光が散らされて、部屋の中が平均的に明るくなります。
こういった環境から日本の文化が生まれて、今日にいたっている訳です。
でも、
最初は、やわらかい、やさしく感じたいっ、という感情を込めて、
光を 「明かり」としていたのに、
現在では、ただ平均的に照らすから役に立つ、「照明」という扱いにされています。
本来の意味である、「やわらかい、やさしい」が
「平均的」という言葉で、押しつぶされています。
「やわらかい」文化から、「平均的」という文化に、屈折したみたいで
ちょっぴりせつない感じです。
とってもやさしい日本の文化。
あなたのお部屋に、あなたの「明かり」はありますか?
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